猫とグルメ、初めての台湾<後編>/First time in Taiwan:Cats and fine foods<Part 2>
(English text is to be followed soon)
日本人にもお馴染みの小籠包の「鼎泰豐(Din-Tai-Fung)」へ
初めての台湾<後編>は、まず日本人には小籠包の名店ですっかりお馴染みの「鼎泰豐(Din-Tai-Fung)」から始めましょう。店舗は新生店(Shinshong-dien)、組織的には正式な本店ではないものの、台北中心部に位置する商売上の重要拠点。この店は常に人が押しかけており、添乗員によると最高で4時間待ちもあるらしい。ただ裏技もあり、平日の9:50までに店に来れば10:30の回の整理券をもらえる。我が家も9:20からこの列に並び、無事に整理券を入手。近くの茶葉店で買い物をして時間を潰してから、無事に10:30に入店できた。


さすがに朝からそれほど食べるわけには行かなくて、小籠包を2種類と湯葉と青菜の炒め物にエビ炒飯だけだったが、どれも絶妙なバランスをキープした味、有名になった店は“名前だけ”というところが多い中でかなりのレベルを保っていた。ちなみにビールは「賞味期限18日間」という台湾の地元ビール。


二大至宝が貸し出し中、残念過ぎた故宮博物館
故宮博物館へはホテルからタクシーで20分、600円ほど。スケジュール通りに博物館に着いたが、その後が良くなかった。この日は朝から弱い雨が降っており、屋内での観光を優先させた団体の観光客が博物館に押し寄せ、館内は芋洗いのような混雑。しかも博物館の二大至宝である「翠玉白菜」と「肉型石」が両方(下写真参照)
ともどこかに貸し出されていて展示がない!これでは来た甲斐がない!
もちろんこれに気づいたのはすでにチケットを買って入場した後なので、帰るわけにもいかず、気落ちしながらもできるだけ多くの展示物を見て回った。

故宮博物館が所蔵する約70万点に及ぶ収蔵品は、そのほとんどが国共内戦(1948‐1949)で共産党の紅軍に対して敗色濃厚となった蒋介石率いる国民党が、紫禁城や国立施設から台湾に持ち出した国宝の数々だ。内戦で戦いながらこれだけのお宝を運び出すにはどれだけのエネルギーが必要だったのか想像もつかない。おそらくその背景にあったのは、中華民族独自の「正統意識」じゃなかっただろうか。歴代の中国大陸の王朝はどの時代でも、“天から統治を託された”シンボルとなる印璽や、国宝を所有してその『正統』の証としていた。互いに「自分こそ中華帝国の正統で、国家の未来」と主張する共産党と国民党の間で内戦が勃発し、国民党の敗色濃厚となった時に、蒋介石は敗走しながらも中華王朝の『正統』の象徴となる国宝を少しでも多く所有したかったのではないか。結果として中国大陸側を制覇した共産党政権のもとでは、その後文化大革命が起こり数多くの国宝級の文化財が破壊され、皮肉にも台湾に持ち出された国宝のために、中華古代からの貴重な資料が保存されることになった。



しかしこの日は最後までついてなかった。帰ろうとしたが正面のバス停は長蛇の列でとても乗れそうにない。博物館の受付に行ったら、ここからタクシーを呼んでやる、と言われてしばらく待っていたが、結局交通渋滞でタクシーが呼べず、博物館を出て外で探せ、ということに。それは要するに職務放棄じゃないか!実際に言われたところに出ると、タクシー待ちの人がわんさとおり、しかも列も何もない無秩序状態。結局雨の中を博物館から少し離れたところまで歩いて、たまたま見つけたバスに飛び乗った。
初めての台湾で感じたこと:高い民度と親日度合い
1.英語はほぼ通じないが、人々に悪意は見えない
観光関連施設に行っても、英語はあまり通じない。日本にいる時にはたまに台湾からの留学生と話をする機会があり、彼らはそれほど上手くなくても曲りなりに英語を話すので、現地でも日本よりも英語でいけるかな、と目論んでいたが、ほぼ日本の状況と変わりない。ただ日本語ができる人が大体いる。夜店や商店の店員は、どういうわけだか日本語の数字にはやたらと堪能。これは商売をするうえで、真っ先に抑えるべきところを押さえている気がする。また日本人にとっては漢字を観ればある程度の意味を推し量ることができるが、外国人には相当大変な旅になるだろうなと感じた。実際のところ、たまたま猴硐(ホウトン)でアメリカ人旅行者と出会って会話したが、かなり苦労しているらしい。
ただ容易に言葉が通じないところが多かったとは言え、人々に悪意のようなものは感じない。欧州などで言葉が通じない時に、現地の人間はこちらを見下げるような顔をする。若い時の自分はあの顔を見るのが嫌で一生懸命言語を勉強していた気がする。しかしここ台湾では、言葉が通じなくても粘り強くコミュニケーションをとろうと努力をしてくれ、そうしたところは聞いていた通りの“親日国”だなと感じた。それだけに台北市内の観光名所で、やたらに尊大な態度をとる日本人オヤジの団体旅行を見たのはすごく残念だった。
2.物価水準はまだら模様
少し以前であれば、台湾の物価は水準日本の半分もない、なんて巷間言われていたが、必ずしもそうでもない。外食やホテルはまだ日本よりも安いが、それでもせいぜい2割程度の差異か。過去30年間で日本がマイナス成長の中で、国自体が安くなり台湾に着実に追いつかれつつあることを肌で感じる。セブンイレブンでも多くの酒類や食料品はそれほど日本のものと大差はない。ワインなどは恐らくマーケットが小さくスケールメリットがないためか、日本の倍以上はする。
こうしたなかで公共交通はかなり安さが目立った。到着初日に悠遊カード(EasyCard)という交通系ICカードに3,000円程度をチャージしたが、台湾近郊への旅を含めて3日間目いっぱい使ったが最後まで持った。またタクシーも台北市内でどこへ行っても数百円の感覚で、移動の多い旅行者には実にありがたい。
下の写真は、日本と見まがうスーパーの食品棚と、すき家のメニュー(数字を5倍すれば日本円の水準に)

3.街は掃除が行き届き、非常にきれい
台湾は高温多湿のモンスーン気候帯で台風も多く、多くの建造物は劣化が早い。台北の街角でも多くの建物は決してピカピカとは言えないが、街の通りは掃除が行き届いて非常に清潔に保たれている。外を歩いていても清掃員をよく見かけ、夜市の喧騒の後も、翌朝にはきれいになっている。成長著しいアジアの多くの都市では、成長に専念するあまりに街のインフラが蔑ろになり、不潔な街並みや公害が問題になったりする事態も見かけるが、台北には街をきれいに保とうとする民度があるようだ。
4.水洗トイレに紙は流せない!
これまでも水洗トイレにトイレットペーパーを流せずに、片隅のごみ箱に捨てる国に行ったことがあるが、まさか台湾も同じとは!それも台北中心部のホテルの話。紙を流せないのは、下水道システムのキャパシティ不足。政府当局でもこの問題は認識されており、2017年以降に政府主導で「衛生紙丟馬桶(トイレットペーパーは便器へ流そう)」キャンペーンが始まっており、新規建築の下水道パイプを太くしたり水圧強化を行ったり、水溶性のトイレットペーパーを普及推奨したりしているが、まだまだ古いビルでは紙を流せないし、全体的にも流せないところが多数派のようだ。
5.人々は信号を守る
台北の道路は朝晩に車やバイクに溢れ、交通は結構激しい。しかし台北の人々は信号を守るし、車やバイクは歩行者がいれば車はしっかりと止まってくれる。日本のドライバーよりもはるかに歩行者に優しい。ベトナムやフィリピンのカオスのような交通事情とはまるで違う。
下の動画は、台北中心部の交差点で無限に湧き出てくるバイクの群れ
6.街に乞食がいる
東京並みに清潔に保たれた台北の街だが、東京ではほとんど見られない「乞食」の存在はショッキングだった。普通に街を歩いていても、人が集まるところには乞食がいて、前に空き缶を置いて通行人にお金を求めている。しかもそれぞれに乞食としてのスタイルを持っており、ひたすら頭を下げる者、仏教僧のようにお祈りのポーズを崩さない者、障碍を持った体を見せる者、など様々で、“職業”として乞食をやっていることを思わせる。
考えてみれば東京にも戦後長い間乞食がいたが、オリンピックや万国博覧会など、外国人が大勢来日するイベントがあるたびに、国を挙げて乞食一掃のキャンペーンを張って乞食は日本の街角から消えていった。現在でもホームレスはいても、明らかな乞食はまず見ないし、誰かが通りで乞食行為を始めたらすぐに警察が飛んできてどこかに連れて行ってしまう。いわば日本の風景から乞食が消えたのは、国の外見を気にするメンタリティだったわけで、台湾にはこうしたイベントが少なかったのか、あるいは必要以上に“外見や面子”にこだわらなかったのか、変な話だがここに文化の違いを感じてしまった。
7.戦時に備えた防空地下施設が街中に展開
台北の街中に貼られた下のパネル、実は戦時に備えた地下避難施設の場所を示すもの。これが日本との最大の違い、一見平和に見える台湾は常に中国からの脅威に備えている。逆に、平和に慣れ切っている日本は本当に今のままで安全なのかと、心に問う声が聞こえた。

