大谷翔平の試合を観るためロサンゼルスへ②:青空の楽園サンディエゴの休日/ Traveling to Los Angeles to Watch Shohei Ohtani②: A Getaway Under San Diego’s Blue Skies
到着後すぐにSan Diegoに南下
成田から10時間半のフライトを経て、ロサンゼルス空港に昼前に到着。ここから南に約200Km離れたサンディエゴにレンタカーで向かう。サンディエゴはこれまでに出張で何度か訪れた場所だが、晴天率が高くカリフォルニアの青い空をいつも楽しめる平和な場所、海岸ではいつも多くの人がサーフィンを楽しんでいる。日本からシアトルに留学すると雨ばかりで鬱になるが、サンディエゴであればいつも明るくカラリとしていて英語の習得が楽しくなる、と言われている土地だ。また、メキシコ国境から20㎞あまりの国境の町でもある。どうせカリフォルニアに滞在するなら、治安が悪く物価の高いロサンゼルスよりもサンディエゴで旅の前半をゆっくり過ごそうと、ここを最初の目的地にした。

ロサンゼルス空港のAlamoレンタカーで借りた三菱エクリプス、これが10日間の旅の相棒になる。
ロサンゼルスからサンディエゴまではほぼ海岸沿いのルート5を南に2時間半ほど下る。

サンディエゴまであと30分ほどのパーキングに現れた地リスの家族。

サンディエゴで宿泊地に選んだのはOcean Beach、通称OBと呼ばれるビーチまで歩いて15分ほどのエリア。カフェや小さな商店街もある非常に住みやすいところ。
借りたのはAirbnbで見つけたスタジオルーム。家主の南国風の住宅の後ろの離れの2階を借り上げる形。コンパクトなワンルームだけど、ベッドは最大で3つ置けるようになっており、家族でも十分に泊まれる。夕方には海岸に沈む夕陽がくっきりと見え、ビールを飲みながらテラスから沈みゆく夕陽を眺めることには金銭に換算しがたい魅力がある。これで23,000円/泊くらいなのでお得感は実に強い。ただ一つ閉口したのは、このエリアが2Km先の空港への着陸コースの真下に位置しており、ひっきりなしに爆音がとどろくこと。夜の22:30~翌6:30の間は止むのだが、これさえ無ければ最高の立地と住まいだった。



映画『トップガン』の舞台と、開拓の最前線だったオールドタウン
一部の映画ファンの間では、サンディエゴはトム・クルーズ主演『トップガン』の舞台としてお馴染み。湾には空母ミッドウェイを係留して、そのまま博物館として利用されている(入館料$41≒6,600円)。これ以外にもベイエリアを歩いていると、帆船や潜水艦などがそのまま海事関係の博物館として活用されており、明るくカラリとした機構の中で軍の街としてのテイストが濃厚だ。



サンディエゴはもともと西部開拓のフロンティア。すでに日本では室町時代にあたる西暦1,542年にポルトガル人が西洋人として初めて足跡を残し、その後、1769年に当時はスペイン支配のメキシコに属していた現在のOld Townにカリフォルニアで初めての伝道所が置かれて、この地に欧州からの移民が集まるようになる。現在ではこのOld Townがサンディエゴ発祥の地とされている。そして1,850年、米墨戦争によってサンディエゴはアメリカに割譲され、カリフォルニア州最初の27郡の一つとして新たな歴史が始まる。



上の写真がOld Townの街並み。西部開拓のフロンティアとしての街並みと、メキシコのテイストが入り混じる。このOld Townには“全米で最も呪われた”幽霊屋敷、The Whaley Houseがある。19世紀半ばに街の公開処刑場だった土地を地域の実業家Whaley氏が買取り自分の屋敷を建てた。直前まで処刑が行われ、今でも牢屋の跡が残る土地に自分たち家族の屋敷を建てる神経がまず信じられないが、果たして屋敷の建設後に18か月の息子の病死、屋敷の一部への放火、娘であるヴァイオレット・ウェーリーの自殺など不幸が続き、多くの幽霊の目撃談も尽きなかった。代表的なものが、処刑場時代に首を吊られたヤンキー・ジム、トーマスとアンナのウェーリー夫妻、自殺した娘のヴァイオレットなど枚挙に暇がない。この屋敷は持ち主のウェーリー夫妻が死んだ後も、サンディエゴで最初の商業映画館、郡裁判所、商店など地域の重要な機能を果たし、現在では博物館として営業されている。
この手の幽霊話には目がない自分のことなので、もちろんツアーに参加しました。しかし、ただでさえ眩しい陽光のきらめくサンディエゴの真昼間だったので、まるでそんな幽霊の雰囲気なんて微塵も味わえなかった。やっぱり夜に来るべきだったかな。





メキシコ国境で見たアメリカの現実
サンディエゴはメキシコ国境までわずか20Km程度、街中にはメキシコからの労働者や移民の店舗も多く、スペイン語は普通に通じる。10年以上以前に出張で来た時にも友人の車で国境まで連れて行ってもらったが、今回あらためて国境近辺をドライブすると、その緊張感がはるかに増していた。

国境ゲートから少し離れたところからアプローチしてみたが、以前とは比べ物にならない厳重な壁が一寸の隙間もなく展開されている。こうした国境の壁はトランプ大統領就任のアイコンとしてニュース映像で観ていたが、あらためて目の前で見ると思った以上の臨場感がある。アメリカの“さい果て感”を限りなく感じる。

これが映画のシーンでもよく見る車の国境ゲートだ。手前の交差点には『Mexico “ONLY”』の注意書きが目立つ。平日にもかかわらずメキシコ側に向かう車の列が途切れない。

この国境にはもちろん自動車でなく、歩行者にとっての国境も存在する。上の写真がその出国審査に通じるドアだ。メキシコにはまだ足を踏み入れたことがないので、思わず一瞬だけでも入国して戻ってこようかと誘惑にかられたが、万が一再入国でトラブルに見舞われることを警戒して今回はアメリカ側から眺めるだけにした。




実は国境ゲートのすぐ隣りには広大なアウトレットモールが広がっており、日本の100円ショップ「ダイソー」も入っている(ただし全商品を100円程度で売っているわけではなく、日本の3.5倍くらいの価格で売っているが、それでもアメリカでは非常に安く見える)。このモールの最大の顧客がメキシコから越境してくる富裕層だ。モールの中はスペイン語一色で、すぐそこの国境を越えてくるメキシコ人家族で溢れている。もちろんきわめて厳しいメキシコ側からアメリカへの入国審査をあっさりとパスするわけだから、けっこうな富裕層ばかりでアメリカで不法就労する恐れもないだろう。トランプが築き上げた壁でメキシコからの移民流入を徹底的に排斥し、さらに移民関税執行局(ICE)を動員して国内の不法移民(グレーな部分まで含めて)を強制送還する一方で、こうしたメキシコの富裕層には国境を自由に往来させて自国内での個人消費拡大に活用するという光景には、どうしても妙な矛盾を感じざるを得ない。
直近の資本市場では、すでにポストトランプの世界を見据えた取引が始まっているように見える。共和党の内部でも他の候補者探しに動いているし、最高裁も彼の思い通りにはならなくなってきた。彼にはすでに有罪が決定したものを含めてあまりに多くの訴訟沙汰があり、いったん追い詰められたらかなり悲惨な末路が待っている。世界最強国の大統領として好き放題をしてきたトランプの命運はもう間もなく尽きそうだ。彼が退場すれば新政権はトランプ政策の反作用が動き出すだろうから、国境の様子も変わってくるだろう。今回サンディエゴからメキシコ国境に来て、今後のアメリカと世界の動きをもう一度反芻できたことが最大の収穫だったかもしれない。
